小規模事業場における主体的産業保健活動の定着化と水平展開の支援方略
調査研究課題名
小規模事業場における主体的産業保健活動の定着化と水平展開の支援方略
研究者代表者
池田 智子   (福岡産業保健推進センター 特別相談員)
共同研究者
織田 進     (福岡産業保健推進センター所長)
小林 敏郎   (茨城産業保健推進センター特別相談員)
中尾 由美   (福岡産業保健推進センター相談員)
渡邊 登美子  (福岡産業保健推進センター相談員)
柴戸 美奈   (福岡産業保健推進センター相談員)

武澤 千尋   (東京工科大学医療保健学部助教)
高島 靖子   (土浦地域産業保健センター保健師)
中谷 淳子   (産業医科大学保健部准教授)
 1.はじめに

 小規模事業場は、深刻な健康問題を抱えつつも、業種、経営状態、職場風土、従業員構成等の多様性が大きいため、大企業の産業保健活動をそのまま導入することが困難である。そのような小規模事業場に有効な方法として、近年、事業場の主体的参加を基本とし各事業場に合わせた活動を専門家が側面から支援する「参加型産業保健活動(PAOT: Participatory Action Oriented Training)」が提唱され、実践例が蓄積されるようになった。我々の研究班は、平成20年度からこの参加型産業保健活動を実践してきたが、事業場がさらに自立して保健活動を継続・定着化すること、および、他地域においても同じ方法を用いて水平展開していくことを目指し、3年目の継続実践研究を行った。

 2.対象及び方法

 今年度は、茨城県内6、福岡県内6の事業場(合計12事業場)で保健活動を支援し、そのうち8事業場(茨城県内:2事業場、福岡県内:6事業場)が、初めて保健活動を支援した新規事業場であり、茨城県内の3事業場が3年間、1事業場が2年間保健活動を支援している継続事業場であった。これらの事業場の全従業員を対象に、支援前後でアンケート調査を実施した。アンケートでは、ストレス源・仕事の資源の指標として、仕事の要求度、仕事のコントロール、上司・同僚の支援(職業性ストレス簡易調査票で評価)、組織の公正性(手続き的公正および対人的公正:組織的公正尺度で評価)、職場の健康理解度を尋ねた。また、仕事関連アウトカムの指標として、抑うつ度(職域うつ尺度で評価)、ワーク・エンゲイジメントユトレヒト職務関与尺度9項目短縮版を3項目に短縮したもので評価)、主観的健康感、仕事のパフォーマンスを尋ね、更に、生活習慣の指標として、睡眠時間、喫煙、飲酒、運動習慣を尋ねた。

 3.結果

 ストレス源・仕事の資源の指標について、新規事業場において、同僚の支援、職場の健康理解度の有意な低下が認められた。それ以外の指標については、新規事業場、継続事業場ともに有意な変化は認められなかった。仕事関連アウトカムには、いずれの指標にも有意な変化は認められなかったが、新規事業場では抑うつ度の低下傾向が認められ、また新規事業場、継続事業場ともに、ワーク・エンゲイジケントの上昇傾向が認められた。一方、仕事のパフォーマンスには低下傾向が認められた。生活習慣では、新規事業場で、喫煙本数の減少傾向が認められたが(10%水準で有意)、それ以外の指標では、有意な変化は認められなかった。新規事業場における茨城県、福岡県別の支援前後の各指標の変化において、ストレス源・仕事の資源の指標には、茨城県、福岡県ともに同僚の支援、職場の健康理解度の低下が認められ、とくに福岡県では、職場の健康理解度の低下が有意であった。また、仕事関連アウトカムには、いずれの指標においても有意な変化は認められなかったが、茨城県、福岡県ともに抑うつ度の低下、ワーク・エンゲイジメントの上昇傾向が認められた。一方、仕事のパフォーマンスには減少傾向が認められた(福岡県では10%水準で有意)。生活習慣では、福岡県で、喫煙本数の減少傾向が認められたが10%水準で有意)、それ以外の指標では、有意な変化は認められなかった。

  4.考察

 ストレス源・仕事の資源について、新規事業場では、同僚の支援、職場の健康理解度の有意な低下が認められた。新規事業場は、今回初めての保健活動であり、活動自体が、仕事の資源の上昇に結びつくまでには至らず、一時的な副作用として仕事の資源が低下した可能性がある。また、昨年度は仕事の資源の上昇が比較的顕著であった継続事業場でも、今年度は仕事の資源の顕著な上昇は認められなかった。今回対象となった継続事業場には、これまでとは異なった新しい取り組みを実施した事業場も含まれており、新規事業場と同様、一時的な副作用が生じた可能性がある。仕事関連アウトカムについては、新規事業場、継続事業場ともに、有意ではないものの、ワーク・エンゲイジメントの上昇が認められた。ワーク・エンゲイジメントは、仕事の資源によって高められることが明らかになっているが、今回は支援前後で仕事の資源が低下したにもかかわらず、ワーク・エンゲイジメントの上昇が認められた。保健活動を通して、外在的報酬など、今回測定していない仕事の資源、あるいは、自己効力感などの個人資源が高められ、ワーク・エンゲイジメントの上昇につながった可能性が考えられる。一方、仕事のパフォーマンスについては、新規事業場、継続事業場ともに、有意ではないものの、低下傾向が認められた。前述の通り、継続事業場でも新しい取り組みを実施した事業場が含まれているため、取り組みが定着し、仕事のパフォーマンス向上に結び付くためには、もう少し時間がかかる可能性がある。生活習慣については、新規事業場において、喫煙本数の減少傾向(10%水準で有意)が認められたが、継続事業場においては、有意な変化は認められなかった。保健活動における行動変容には、いくつかのステージがあることが知られているが、新規事業場は、継続事業場に比べ、支援前の喫煙本数が少なく、もともと自身の健康に関心の高い集団である可能性があり、これが行動変容に対する無関心期を脱するのを早めた可能性がある。一方、継続事業場では、支援前の喫煙本数が多く、無関心期を脱するまで、継続的な保健活動の実施と支援が必要と思われる。新規事業場における保健活動の支援前後の変化を茨城県、福岡県別に見た場合、両者の変化の傾向に大きな差は認められなかったが、仕事のコントロールにおいて、有意ではないものの、前者では上昇し、後者では低下していたのは特筆すべき点である。前者では、地域産業保健センターのコーディネーターや保健師が、事業場の従業員と一緒なって実施する保健活動を考え、活動を推進したため、従業員一人ひとりに「自分たちで考案した保健活動を実施している」という意識が生まれ、仕事のコントロールの上昇につながった可能性がある。一方、後者では、問題事業場に対する指導という形で支援を実施したため、保健活動の実施そのものが、仕事の量的負担を増やし、コントロールを低下させたと認識した従業員が多かった可能性がある。また、生活習慣については、福岡県で喫煙本数の減少傾向(10%水準で有意)が認められた。福岡県内では、喫煙室の撤去を実施した事業場が含まれていたため、これが喫煙本数の減少に貢献した可能性がある。

  5.まとめ 

 各事業場への保健活動の支援を通して、各指標において、有意な変化はあまり見られなかったものの、ワーク・エンゲイジメントの上昇や喫煙本数の減少など、一部のアウトカム指標で良好な変化が認められた。今年度は、昨年度とは異なり、継続事業場において、各指標の良好な変化はあまり見られなかったが、新しい取り組みを始めたことによる、一時的な副作用である可能性があり、今後も継続して保健活動を支援していく必要がある。更に、今年度は、支援活動を福岡県内でも水平展開することで、支援方法の違いによる比較も実施することができ、「従業員が主体となって保健活動を決定し、取り組んでいく」ことの重要性が示唆された。今後も「従業員主体の保健活動」という視点で継続的に支援していくことが望まれる。