長時間立位又は座位姿勢保持職場を対象とした腰痛予防手引き書作成の為の基礎研究
調査研究課題名
長時間立位又は座位姿勢保持職場を対象とした
腰痛予防手引き書作成の為の基礎研究
主任研究者
酒井 淳(福岡産業保健推進センター所長)
共同研究者
神代 雅晴、堀江 正知、藤代 一也、日野 義之(相談員、産業医科大学)、
梁井 俊郎、豊永 敏宏(相談員、九州労災病院)
欅田 尚樹、筒井 隆夫、井手 宏、奧藤 達哉、鈴木 秀樹、伊藤 英樹(産業医科大学)
中西 奈々子(且O越福岡店 保健師)
柴戸 美奈((財)九州産業衛生協会 保健師)
1. はじめに

 職業性腰痛の発生は産業保健上大きな課題である。生産年齢人口層に焦点を当てて腰痛の発生原因を探ると、重量物の取り扱い、長時間立位作業、あるいは逆に1日中座位作業をしているなどを主原因としている。特に、今日の労働現場においては長時間立位作業、座位作業等を原因とする腰痛の発生が多く見受けられる。これらの腰痛は、仕事で「注意集中」、「正確」、「迅速」、「反復」、「長時間」という5つの条件が重なったときに発生するといわれている。労働様態の変遷を概観すると、人間―道具系、次いで、人間―機械系、そして、今日の主流となりつつある人間―機械―情報系(俗に言われているIT労働)へと移行し、筋労作の様相も動的筋労作から静的筋労作へと変貌しつつある。その結果、慢性的な筋負荷傷害の一つとして引き起こされる腰痛が産業医活動における重要な課題となってきた。一般的に、職場における腰痛対策は製造現場を中心として検討されていることが多い。しかし、今日増大しつつある販売、運輸・通信、さらには情報処理技術従事者等々における静的筋労作の負荷状況と腰痛発生との関係は充分に解明されていない。そこで本研究の目的は小売業、鉄道業、情報産業等に従事する作業者を対象とした腰痛予防手引き書作成の為の基礎研究と位置付けて、長時間の立位あるいは座位姿勢負荷実態と筋疲労さらには腰痛発症等の関係を実態調査し、リスクファクターを探ることにある。
2. 方法

 主にVDT作業を行っている者(以下VDT作業)と、電車の客室乗務員(以下客室乗務員)、デパートの店頭販売員(以下デパート)という3つの職種を対象として、腰痛に関するアンケート調査を行った。アンケートは職場を通じて配布し、無記名で記載し、職場を通じて回収した。
 アンケートの配布数はVDT作業750部、客室乗務員182部、デパート649部の合計1581部であり、回収数はVDT作業708部(回収率94.4%)、客室乗務員144(回収率79.1%)、デパート520部(回収率(回収率80.1%)であった。回収数の総数は1372部であり(回収率86.8%)、これを有効回答として解析を行った。
 回答者のうち男性は508名(37.0%)、女性は847名(61.7%)であり、各職種別に見るとVDT作業では男性428名(60.5%)、女性275名(38.8%)、また客室乗務員は女性のみで構成されており、デパートにおいては男性80名(15.4%)、女性428名(82.3%)であった。
 回答者の平均年齢はVDT作業においては34.0±14.9歳(平均±SD、以下同様の表示)であり、客室乗務員においては23.7±2.9歳(同)、デパートにおいては33.4±10.6歳(同)であった。
3. 結果

 結果の概要を一覧すると表1の如くである。すなわち、性、年齢、身長、体重、職務経験年数等の個人特性、足場の状況、振動、温熱環境、屋外業務等々の作業環境、姿勢、靴のヒールの高さ、搬入作業の状況等々の作業特性、休憩の状況、腰痛予防対策と現在の腰痛の状況との関係について比較検討した。
 検定に際しては、カテゴリーデータにはMan-Whitney検定、数値データには相関分析(Spearmanの順位相関係数)をそれぞれ適用した。
 腰痛の状況に関しては、次の如く二つのパターンに分類した。「現在、または、この1ヶ月以内に腰痛はありますか?」という設問に対して、「痛みも不安も無い」と答えた群と「腰痛がある、または、今は無いが腰痛が出そうで心配である」と答えた群との二群に分けて比較検討したのが表中のパターン1である。同様にして、「痛みも不安も無い」、「腰痛がある」、「今は無いが腰痛が出そうで心配である」の3群に分けて比較検討したのが表中のパターン2である。
4.まとめ

 腰痛の状況をパターン1とパターン2に分類してそれぞれ比較検討したが、パターン1及びパターン2は同様の傾向を示した。
 腰痛と個人特性との関係においては、BMIが大きい人ほど腰痛を訴えることが示唆された。三つの異なる職場に共通して抽出された主要な腰痛増悪因子は、「長時間の立位や座位」であった。一方、客室乗務員とデパートでは、「歩行」、「台車やコンテナの移動作業」、「ヒールの直径、ヒールの高さと作業時間」との関係等であった。また、客室乗務員に関しては列車の揺れ、振動も腰痛の発生に大きく関与していることが示唆された。一方、VDTでは、椅子、画面の高さとの不一致がそれぞれ重要なリスクファクターに成りえることが判明した。以上のことから、立位姿勢と一連続作業時間、歩行数量、さらにはこれらの姿勢に全身振動暴露が負荷された場合、履物との関係、座位姿勢と椅子、座位姿勢と作業域等々が腰痛予防手引き書の中のチェック項目として考慮すべきことが示唆された。
 表1. 現在の腰痛の有無と個人特性、作業環境、作業特性、休憩の過ごし方、腰痛予防対策との関係